大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和30年(ネ)76号 判決

控訴人 手塚栄五郎

被控訴人 新潟運輸建設株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

但し被控訴人の土地の表示の訂正により原判決主文第一項は次のとおり変更された。

控訴人は被控訴人に対し新潟市関屋浜松町二百十九番雑種地一段九畝十八歩のうち三十坪の部分(右土地の西南角より帝銀社宅敷地との境界線を北に三間三尺の地点を起点とした四角型の三十坪の土地)をその地上にある木造木羽葺平家建居宅一棟建坪十三坪を収去して、明け渡せ。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取り消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、

一、本件土地の買収は無効である。すなわち、本件土地の買収決定の昭和二十二年十二月二日当時において、本件土地の所在地たる新潟市関屋方面一帯に区轄整理事業たる都市計画がなされており、本件土地もその区域内にあつたので、本件土地は、自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第五条第四号によつて、買収しない土地であり、誤つて買収したとしても、同法施行規則第七条の二の三によつて、これを売り渡すことのできない土地であつた。然るに本件土地の買収は、右事情を熟知の上小作農民に売り渡すことの不可能であることを知りつつ他の目的のためなされたもので、同法第十六条第一項に違反し、延いては同法の根本趣旨と憲法第二十九条に違反した不当違反の買収で当然無効のものである。従つて、本件土地が転々として被控訴人の取得するところとなつても、被控訴人はその所有権を取得せず、本件土地は訴外浅田キクの所有に属するものである。

二、仮りに、本件土地の買収が無効でないとしても、本件土地は売渡保留の土地であつとて、これを売り渡すことは法律上できないものであるので、たとえ日本国有鉄道が国から譲り受けたとしても本件土地の所有権を取得し得ないものであり、右事情を知つて本件土地を取得した被控訴人もその所有権を取得し得ないものである。前記施行規則第七条の二の三によれば、保留期間を五ケ年とし五ケ年を経過するも使用目的の変更の可否が明らかでない場合は更に五ケ年延長することができる旨定めていて、本件土地は、少くとも昭和二十九年七月まで保留期間が延長されていたことが明らかであるので、その時までは、本件土地の使用目的の変更の可否が明らかでなく、すなわち、区轄整理地として売り渡すべきか、または自作農地として売り渡すべきか決定していなかつたものであるので、これを農耕者でない日本国有鉄道に売り渡すことは、自創法の根本趣旨に違反し無効である。国が買収した土地で売渡後においてその使用目的が変更された場合、すなわち自作農創設目的が達成されなくなつた場合、その土地の所有権は如何に処置されねばならないかは、自創法制定の立法の趣旨に基づき判断すべきところ自創法は農地解放の目的に基づいて制定されたものであるからこの目的の範囲を超えて悪用してはならないことは素より当然であり、殊に憲法第二十九条により財産権の不可侵が保障されているのであるから土地所権は尊重されねばならぬからには、自創法第十六条は厳格に運用しなければならないものである。本件土地は売渡保留のまま現在に及んでいるので、自創法第三条第十六条の目的達成は不能となつた土地であるから、それまでに本件土地についてなされた売買交換等はすべてその效力を喪失したものであり、憲法の大原則と自創法の根本精神に照らし、本件土地は当然もとの所有権者に復帰したものである。

三、仮りに、本件土地が昭和二十二年十二月二日買収によつて国の所有となつたとしてもその登記は昭和二十五年四月二十一日なされたもので、その間は登記簿上は訴外浅田キクの所有であり第三者との関係においては同人が所有者として取扱われるものであるので、同人との間に昭和二十三年二月なした控訴人の賃貸借は有効であり、その後控訴人は本件土地上の建物につき昭和二十九年十一月二十七日保存登記を経たので、現在の土地所有者である被控訴人に対し右賃貸借を対抗し得るものである。

と述べ被控訴代理人において、本件土地は昭和二十九年十一月一日町名変更により新潟市関屋浜松町二百十九番となつたものであると述べたほか、いずれも原判決事実摘示と同一であるので、ここにこれを引用する。

当事者双方の立証は、控訴代理人において、乙第三号証第四号証の一、二第五号証を提出し、当審証人渡辺文吉同斎藤正一の証言を援用し、甲第三号証第四号証の一ないし四の成立を認め、被控訴代理人において、甲第三号証第四号証の一、二を提出し右乙号証全部の成立を認めたほか、原判決事実摘示中証拠の記載と同一であるので、ここにこれを引用する。

理由

控訴人が昭和二十三年五月頃から被控訴人主張の土地三十坪(以下本件土地という)の地上に被控訴人主張の建物一棟を所有し、右土地を占有していることは、当事者間に争のないところである。

成立に争のない甲第二号証の一、二乙第一号証と原審並びに当審における証人渡辺文吉の証言によれば、本件土地は、もとその地目が畑であつた土地の一部であつて訴外齊藤正一の所有であつたが、同人は昭和二十二年七月四日これを山林に地目変更し、同年六月三十日浅田キクに贈与したものとして同年七月十日その旨の移転登記をしたこと、本件土地は、昭和二十年十一月二十三日当時は右斎藤正一の所有に属し、現況畑であつて耕作者があつたこと、右一筆の土地は右斎藤正一の保有制限反別を超過していたので、昭和二十年十一月二十三日の現況において自創法第三条第一項第二号に基ずいて買収することになり昭和二十二年九月十一日買収計画が樹立され同年十二月二日買収が決定されたこと及び昭和二十五年四月二十一日買収による移転登記がなされたことを認めることができる。控訴人は、本件土地は雑種地であつて農地でないから右買収は無効であると主張し、原審における証人斎藤正一の証言中及び被告(控訴人)の供述中並に当審における証人斎藤正一の証言中には、これに副う供述があるが、前記証拠と対照するとそのままに信ずるに由なく、他に控訴人の主張を認めて前認定を覆すに足る証拠がない。控訴人は、また、本件土地は区劃整理地区に指定された土地であつて、買収不可能の土地であり、買収しても売り渡すことのできない土地であるので、これを知りつつなした前記買収は無効であると主張するが、成立に争のない乙第五号証によれば、本件土地を含む一帯の土地が自創法第五条第四号の規定による土地区劃整理地域に指定されたのは昭和二十三年四月三十日であることが明らかであるので、これより以前になされた本件土地の買収を当然無効とするに由なく、たとえ本件土地の買収決定当時右指定が予想されていたとしても、このことを以つてしては前記買収を明白かつ重大なる瑕疵に基ずくものとはなし得ないので、これを無効とすることはできない。

成立に争のない乙第一号証第五号証と当審並びに原審における証人渡辺文吉の証言によれば、昭和二十三年四月三十日本件土地を含む一帯の土地が前記のように区劃整理地域に指定されたので、本件土地は、その後自創法施行規則第七条の二の三(昭和二十三年十月五日農林省令第九一号)の規定によつて売渡保留の土地となつたが、当時運輸省が保管していた新潟市関屋堀割の土地が農耕に適していたのでその土地と本件土地を含む一帯の土地を保管替えし、その土地はその後自作農創設のために売り渡され、本件土地を含む一帯の土地は運輸省の保管するところとなり、その後昭和二十四年六月一日日本国有鉄道が承継により取得し昭和二十五年十二月十四日その旨の登記を経たことを認めることができる。控訴人は、本件土地は売渡保留の土地であつて、これを農耕者でない日本国有鉄道に取得せしめる行為は無効であると主張するので、以下この点につき審案する。自創法第五条第四号においては、都市計画法第十二条第一項の規定による土地区劃整理を施行する土地については、これを、同法第三条による買収をしない旨定めているが、同法第三条によつて買収した土地につき、その後右土地区劃整理が施行されるようになつた場合右土地を如何に処置するかについては、昭和二十三年十月五日農林省令第九一号により公布即日から施行された同法施行規則第七条の二の三において、同法第十六条の売渡を保留することができると定めたほか、何ら定めるところがない。従つて、前記第三条によつて買収した土地については、国は必ずしも前記第十六条による売渡をなすことができないものではないものと解せられるようであるが前記第五条の立法の趣旨に鑑みるときは右の場合においては、国は右土地を豊耕者に売り渡して自作農を創設することは許されないものと解するのが相当であり、自創法の立法の精神に照らせば、この場合にはむしろ元の所有者をして右土地を取得せしめることが適当な措置と考えられる。然しながら、右の場合においで国がその措置を過まり右土地を他に処分したからといつて、この場合は前記のように法律に定めるところがないので、前記第十六条によつて売り渡すべき土地を他に処分した場合と異り、その瑕疵は明白かつ重大とは考えられないので、右処分をもつて当然無効と解することはできない。また、前記施行規則第七条の二の三に違反した売渡はもとより手続違背の行政処分ではあるが、これをもつて明白かつ重大な瑕疵ある行政処分とはなし難く、従つて売渡保留の土地をたとえ他に処分したとしても、その処分を当然無効と解することはできない。かよう考えるときは、国が前記のように本件土地を運輸省の保管に替え、ついで日本国有鉄道をしてその所有権を取得せしめても、この処分は、適切な措置とは到底いえないのであるが、これを以つて当然無効とはなし難いので、日本国有鉄道は本件土地の所有権を取得したものというべく、この点の控訴人の主張は採用し難い。しかして、成立に争のない甲第一、三号証、乙第一号証によれば、被控訴人が本件土地を含む右土地を昭和二十七年五月二十八日交換により右日本国有鉄道から取得し同年六月二十六日その旨の登記を経て、その後右土地が町名変更などにより新潟市関屋浜松町二百十九番雑種地一反九畝十八歩となつたことを認めることができる。

よつて、控訴人の賃借権の主張につき案ずるに、成立に争のない乙第三号証と当審並びに原審における証人斎藤正一の証言と原審における被告(控訴人)の尋問の結果によれば、控訴人が昭和二十三年二月頃本件土地をもとその所有者であつた浅田キクに代り管理していた訴外斎藤正一から賃借しその後右浅田キクの承諾を得て同年五月頃被控訴人主張の建物を建築しこれに居住して現在に至つたが、右建物については昭和二十九年十一月二十七日保存登記をなすに至つたことを認めることができるが、右賃貸借が当時の本件土地の所有者である国に対抗し得るや否やにかかわりなく、本件土地を昭和二十七年五月二十八日取得し同年六月二十六日その登記を経た被控訴人に対抗し得ないことは明らかであるので、控訴人のこの点の主張は採用の余地がない。

然らば、被控訴人の本訴請求は認容すべきにして、これと同趣旨の原判決は相当にして本件控訴は理由なしとして棄却すべく、被控訴人は本件土地の表示を主文掲記の如く訂正するので原判決の主文第一項をこの限度において変更し、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡咲恕一 石井文治 脇屋寿夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例